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言い訳を潰していくことが準備です

振り返りなんて書かねぇよバーカ。

今年も元気に世の中を煽っていく以外の目標はないです。

 

今まで準備してきたことが確実に実を結べるように頑張るだけです。

 

It's not who I am underneath but what I do that defines me.

人間の感情は行動で決まる、これを念頭に置いて何とかの一つ覚えのようにひたすらマイルストーンを潰していきます。

 

今年も馬鹿どもに嫉妬されるぐらいキラキラ輝いて凡人には到底無理な結果を出しまくるぞ〜〜

才能ある上にクッソ頑張ってるからねかさのは。

 

展示会きてくださいね、海外進出も決まったのでね。

 

おやすみぐない、非リアは非リアらしく身の丈にあった良い一年を。

「死にたい」で一位を取っても誰も幸せにならないよという話

最近燃えてますね、welq。

モラル的にどうだの「運営が〜〜」とか「SE◯が〜〜」とかいう記事やらツイートやらが賑やかな季節です。

 

さてさて、今回の事についてはいろんな意見がありますし、あって至極当然と思っていますが、僕もいろいろと思うところがあったのでここに書き留めておきます。

モラルのないメディアとどう付き合うか

welqだけではありません、運営元をよく見ると医者や医療の知識を持った人間以外の人が書いているブログなり記事を見ることが増えました。

ネット時代だから仕方ないというようにも思えますがこれは無視することのできない問題です。

個人が誰でも簡単に情報を発信できるようになった今、そういうクソメディアも溢れかえってるわけで、僕たちはその情報を自分で見極めて判断していかなくてはいけません。

厳密にいうと素人が書いてる記事だからクソというわけではなくて、「素人が適当に書いている記事だからクソ」ということです。

自分に専門知識がなくてもしっかり勉強したり取材したりして詳細に書かれている記事もあります。

 

しかし当然事実無根の情報を掲載しているサイトも多々あるわけで。

ネットの世界と現実世界が切っても切り離せないところまで来てる以上、嫌でも目にすることが増えました。

 

Googleはもちろん、TwitterFacebookなどのSNSでも自分の欲しい情報が簡単に入手できますが、それは裏を返せば自分から大量の情報の中に飛び込んで行くということです。 

そんな時代だからこそ、ネットの「情報」とどう付き合うかを考えなければいけません。

世の中の全ては自己責任だ

こういう風に書くと「血も涙も無いやつめ!人の心がないのか!」とか言われそうですが、それが現実です。

仮に体調が悪い時、ググって出てきた記事に書かれてある薬を飲んだらもっと体調悪くなりました、となってもそれすら自分の責任です。

よく「法律は守ってくれない」と言いますが、それはほぼ真理で、法律は誰かが傷付かないと動きません。

動いた時には既に遅いです、その時は誰かがもう傷付いています。

「お前がこんな無責任な記事さえ書かなきゃ!!」とか言っても事態が収まるわけではありません。

だから自己責任なんです。

 

一部では「ITリテラシーのない人間をカモにしたビジネス」とか言われてますね。

けれどもITリテラシー云々の前に、その人たちは本当に自分の頭で考えているのか疑問です。

「いやこれほんとか?」と疑ってかかることをしない。

まぁ何もかも疑ってかかる必要はないけれど、少なくとも「本当にこれがベストなのか?何でこの方法が効くんだろう?」ぐらいは考えないといけない。

自分の頭で考えることをしない人はすぐに他人に答えを求めます。

こういうメディアビジネスが横行している背景には、「思考停止の人間=すぐに答えを欲しがる、そしてその答えを他人に求める人間」が増えてきているというのも背景にあるように思えます。

そういう人間がGoogleで検索してこういうサイトにたどり着くわけです。

じゃないとwelqのあの化け物じみたアクセスとかないでしょ、1日にどれだけwelqがヒットするキーワードでググってる人間が多いことか。

 

泣き言言っても確かに被害者ではあるけれど、その被った損失は決して戻りません。

お金であれ、健康であれ、時間であれ。

だからこそ自分の頭で考えて判断を下すという意識が大切です。

じゃあwelqに責任はないのか

いやあるわ、元凶だろお前。

僕がwelqの問題点として考えるのはユーザーに対する責任感がない、これにつきます。

文字通り事実と違うことを書いているからです。

何のサイトでだったか忘れましたけどお医者さんが「welqに書かれてあることちょっと違うよね」とか言ってた記事がありました。

要は自分のサイトに来たユーザーに嘘の情報を提供していると言うことです。

たまたま記入ミスとか表記ミスがあるのなら分かりますが(医療情報だからほんとは絶対ダメだけど)、それでも本来であれば「すみません、間違えました」とかそう言う謝罪があるべきです。

それすらないし、事実と違う情報を垂れ流している、これはモラル的にアウトでしょう。

「死にたい」で検索一位を取って問題になったこともありましたね。

これはひどい

「死にたい」って検索する人はどう考えたってキャリア診断したくないだろ。

個人的な感想ですがね、作り手の思い入れのないこういう無機質なサービスは嫌いです。

ユーザーにペコペコしてろと言ってるわけじゃないけどね、寄り添えよって感じだ。 

横行する無責任メディアを駆逐するために

welqが燃えて喜んでいる皆さん、welqは死にませんよ。

同じようなメディア、サービスはこれからもどんどん出て来ます。

医療メディアに限った話ではありません、医療のジャンルじゃなくても、メディアじゃなくても、こういう無機質なものは決して消えることはない。

そのうち手を替え品を替え、第2第3のwelqが出てくると僕は思っています。

 

何回も言いますが、こういう無機質なサービスは嫌いですし、中には本当に許されないものも存在します。

じゃあそういうものを根絶するにはどうするか。

一人一人が責任を持って自分の頭で考える、これ以外にないと思います。

要するに搾取される側が変わる、搾取される人間を減らすわけです。

こういう人が増えて行くと何がいいかってwelqみたいなメディアやらサービスが使われなくなるんですよね、だって「いやこれおかしくない?」って考えて使わないし、そのうち声をあげて批判する人が今回の比じゃないぐらい出てくるから。

 

そういう意味ではこのwelqの問題点が世間に晒された今回の事件は良かったのではないかと思います、「こういうデタラメ並べてるサイトもあるぞ!みんなもっと危機感を持て!」ということが少しでも広まったのではないでしょうか。

ただこのようなサービスの根絶は本当に難しいです、良くも悪くも騙される、という言い方はアレですが情報を疑わない人はいるわけで、そういう人たちを0にするというのはまず不可能だからです。

 

それでも少しづつ「ITリテラシーの高い人たち」が増えていくしか、解決策はないと思います。

まとめ

「死にたい」で一位取っても誰も幸せにならないでしょ。

検索した時に黙って話を聞いてくれるサービスや、自分の人生の中で楽しかったことが思い起こされるサービスがヒットしてくれるといいなァと思います。

これはものすごく理想論ですが、そっちの方が絶対いいって。

 

自殺を考えてる人の心境とか、どういうケアが必要なのかとか、僕は専門家じゃないから難しいことは分かりません。

でもアフィリンクは貼るなよと強く思うとともに、 僕が検索する立場なら、検索するってことは本当に誰にも頼れなくて、頼る人がいない人間にとっての最後の頼みの綱なんだから、誰でもいいから話聞いて欲しいなァと思います。

 

確かにwelqはサービスとしてはすごいのかもしれません。

大量にアクセスを集め、DeNAの主力事業として機能していたのでしょう。

でもどんなにすごくても正しくないと意味がないということを今日声を大にして何度でも言っておきたいです。

 

正しくないとな、誰も幸せにならないんだわ。 

建築物ではなく地面が主役だぞという話

皆さんこんばんは。

最近めっきり寒くなってきて彼女の温もりを感じることが増えました。

ほんと皆さん夜寒くて風邪引いたら大変なので恋人とくっ付いて寝てくださいね。

 

恋人がいないぞ?という人は人権が無いなら無いなりに湯たんぽでも買ってくればいいんじゃないですかね(丸投げ)

 

さてさて今回はランドスケープのお話です。

最近面白い話を聞いてそれについて色々話し合う機会があったので、考えたことをちょこちょこまとめます。

 

図と地の話

バルセロナパビリオンという建築物があります。

この建築物は明確な「部屋」がなく、壁によって空間が仕切られています。

本来「壁」というものは空間を断絶し屋根を支えるものだったわけですが、このバルセロナパビリオンは「柱」によって屋根を持ち上げることによって、壁を自由に使えるようにしました。

http://architecture-tour.com/world/spain/barcelona-pavillion/image1.jpg

architecture-tour.com

 

これは結構革新的なことで、昔の建築物だと「部屋」がそれぞれ別れていました。

これはベッドルーム、ここはリビング、のような感じで。

でもこのように部屋ごとの境界を曖昧にすることで「ここはベッドルームでもあるけれど同時にリビングでもある」という空間ができるようになりました。

つまり、昔は「room」だったものが次第に「space」に変化していったわけです。

*****

ルビンという心理学者の「顔と杯」という絵がありまして、見方によって人が向き合ってる絵に見えたり杯に見えたりというやつなんですが、一度は見たことあると思います。

この絵なんですがいわゆるゲシュタルト心理学というやつのアレで、絵に見えた部分のほうを「図」、背景に見えた方を「地」と呼びます。

で何が言いたいかというと、このゲシュタルト心理学の考え方がこれからのランドスケープに必要なんじゃないかということです。

 

図としての公園

都市の中のランドスケープを簡単にあげると「公園」と「広場」です。

いやいやほんとはもっとあるよ!!って感じなんですがここで挙げたものは図と地の関係を持っているものです。

 

本来公園っていうのは「緑地」でした。

芝があったり樹木が植えられていたりしたところが初期の公園であり、それが発展して今の公園になっていきます。

緑地という自然のものに幾何学的な模様やイギリスのピクチュアレスク式庭園の要素が盛り込まれていって今の公園になっていきます。

「ピクチュアレスク」というのは「絵に描いたような」という意味がありますが、ただの絵画的なものではなく崇高さを兼ね備えたものを指すことが多いです。

ちなみにピクチュアレスクの影響を受けた公園として有名なのでニューヨークのセントラルパークです。

話が逸れますが、イギリス式の庭園はフランスやイタリアのような幾何学式ではなく、どちらかというと日本に近いような自然式の庭園が多く、かつ新しいものではなく時を経て廃れていく様子などが美しいとされていました。

そのため大規模なピクチュアレスク庭園には大抵廃墟というか古い東屋というかそういうものがあります。

 

なんの話だっけ。

そう、公園は「図」なわけです。

つまり地図上で見たときに周りの建築物や道路に囲まれて公園という形が浮き上がって見えます。

地図上だけではなく、アイレベルでもビルの間を歩いていたらふと開ける空間があって、その開ける空間は公園で体験としてもその公園が強く意識づけられます。

セントラルパークとかまさにそうですよね。

ニューヨークの高層ビルの真ん中にドンと置かれていて、ものすごく存在感を放っています。

このとき僕たちは「公園を見ている=公園を図として捉えている」ことになります。

このとき周りの建築物や道路などは背景、つまり地です。

 

じゃあ広場はどうなのか、この広場が問題です。

 

図と地の逆転

20世紀初頭のモダニズムが流行った時代、都市開発もこの流れに乗っていました。

要はビルをバンバン建てたわけです。

すると広場は建築物の影に隠れてしまいました。

ビルとビルとの「隙間」ともいうべきようなものになってしまったのです。

今の日本でもこういう光景って目にすることが多いと思うんですけど、建物建てたら場所が余ったからなんか作るか、てな感じで変なところにベンチとか置いてあったりするじゃないですか。

いや座らねぇよみたいなところに。

公園と広場の違いっていうのは、いわゆる公園は郊外に作られることが多くて、そのせいもあって建築物に飲み込まれることが少なかったわけです。

郊外にまで建築物が建ってきたときにはすでに独自の形と自然を融合した空間として成立していたから地にならず図のままでいられたわけです。

 

しかし広場というのは常に建築と一緒にあって、切っても切り離せない。

そのうちモダニズムがやってきて建物が無秩序に建てられていくうちにそれらを引き立てる地になってしまいました。

 

地になることのデメリットは何か

さっきからさも地になることが悪いというような感じで話を進めていますが、そもそも地になると何がいけないのでしょうか。

ゲシュタルト心理学の話に戻ります。

ゲシュタルト心理学では、「図」も「地」も重要なものとして扱われます。

地がないと図が見えてこないからです。

ルビンの顔と杯の絵でも、白い背景がないと黒い顔が見えてこないし、逆に黒い背景がないと白い杯が浮かび上がってきません。

このように人間は一つ一つのものをそれぞれ個別で認識するのではなく、全体で一つのものとして捉えています。

これを建築と広場に置き換えてみましょう。

今の状況としては建築物が「図」で広場が「地」です。

しかしこれらは逆転することがなく、常に広場は建築物の引き立て役です。

つまり広場を認識することなく人は生活を送ることになります。

その結果、駅前やビルの間に作られたよく見るとおしゃれでベンチもあるような広場が誰にも利用されないという事態が引き起こるわけです。

 

「コミュニティーのために」と作られたものを誰も利用しないという皮肉な日常が街中には溢れかえっています。

つまり「地」になること自体は決して悪いことではないのですが、「図」になり得ないということは見捨てられ、引き立て役として処理されるデメリットがあるぞということなのです。

 

いざ広場を図に

広場を図にしているいい事例としてミラノのガレリアがあります。

https://zipantravel.com/new/italy/1/2.jpg

zipantravel.com

これは建築物と建築物との間にアーケードを作ることによって外でも中でもない中間的空間を生み出しました。

この空間は利用者の通路としても扱われますが、空間に面したお店が外に席を設けたりすることでより建物の中と外の空間を曖昧にしています。

しっかりと認識され、利用されているのです。

またこの空間は平面図で見たときにも非常に目を引き、しっかりと図としても役割を果たしています。

 

他にもどこだっけ、フィレンチェ?とかの広場もしっかり図として成り立っています。

あ、ミラノだったかも忘れた。

 

ランドスケープの図と地は視覚的にというより体験を通して認識されます。

そのため、人がその場を訪れて「ここにも空間がある」と気づかなくてはいけないのです。

認識されて初めてそれは「図」となります。

 

まとめ

眠いわ。

10時ぐらいに布団に入ったら2時ぐらいに目が覚めてもうこんな時間ですおはようございます。

何が言いたかったかというと、それぞれの空間がちゃんと意味を持って互いを引き立てあって存在しなくちゃいけない、当然それはものすごく難しいしなかなか出来るようなことではないけれど、でも僕のような若い人間がそれを目指してやっていかなきゃなァということでした。

眠いんだって。

インフルエンザ流行り始めたらしいので皆さん体調にはお気をつけてください。

 

ではでは。

無駄は無駄じゃないよって話

世間って今ハロウィンなの?クリスマスなの?

キャンペーン一つにしてくれない?オレンジと赤で目が痛いんだけど。

 

みんな本当に正解とか効率とかが好きなようで。

いいことなんだけどそれだけだと大してすごくないのではって思ってる派です。

僕はデザイナーの端くれですが例えばデザインだと、ただただいいものに触れるっていうのはナンセンスだと思ってます。

これは僕の教授の言葉ですが、「いいものを作るのは当たり前、それは大前提だ。その上でデザインは社会に問題提起しなきゃいけない。」

って言っていて。

ほうほう、と。

 

例えば今の日本ってご近所付き合い減ってますよね。

それで大きな箱に大人数詰め込んでるじゃないですか、高層ビルとかタワマンとか。

なんか設計してる人たち曰く「こうすればコミュニティーができる」らしいんですよ。

アホかと。

この高層ビルとかタワマンが「現状を肯定したデザイン」の代表なんですが、そこにあえて違うものを作る。

全く人が入らないキャパの小さな住居を作る。

なんかスッゲー自然の中に家を作る。

これからのコミュニティーのあり方はこうなんだ、と。

いつまでも昭和のノスタルジックに浸ってんじゃねぇ、と。

そう主張できるものこそ本当に素晴らしいものなんじゃないかと思ってます。

 

話逸れましたがこういう主張ってただただ正解のものばっかに触れてるとできないんじゃないかって思います。

すごい失敗作に触れたり、あるいは自分で何か作ってみたり、はたまた全く関係ないことに首突っ込んでみないとこういうことって自分では気付かないんですよ。

とある舞妓さんの言葉でこういうのがあったんですが、「粋」とは

「崖ギリギリを歩くようなもの」
「谷に落ちるのは“下品”、かといって安全な道を歩くのは“野暮”。落ちるか落ちないか、ギリギリを歩くのが粋じゃあないかしらね」。 

デザイナーが実践してきた『誰にでもできる』センスの磨き方 - OMGmag

だそうです。

うんうんって感じでした。

 

なんかイチロー選手も「効率を求めると選手としていいものはできるけど深みは出ない」的なこと言ってた気がして。

深みが出ないかどうかはちょっと分かんないですけどそれしか目指してないで失敗もしてないのはまぁスッゲーつまんなそうだなァとは思います。

それがデザイナーならなおさら作るものもつまんねぇんだろうなァと。

別に失敗しろとか言ってるわけじゃないんだけど、自分で考えて手を動かして失敗から学ぶのって何より大事だし、別にそれは笑われてもいいものだしそういう積み重ねで「深み」も「味」も出てくるんじゃないかなって思います。

もちろんそれで成功したらそれはそれでいいんだけど。

 

何よりそういう経験って絶対模倣不可能な自分だけのものだからね。

 

かっこ悪さを知らないと何がかっこいいのかも分からないし絶対に気付けないので、笑われても気にしないで黙って自分が大事だと思ったことと真摯に向き合いましょうって話でした。

間違ってたらやめて次やればよくない?

 

最近忙しいので今回はここまで。

 

本日のBGM。

この曲弾こうとすると難しいね。

ライブバックれようかな…

寒すぎて八合目

冬かと思った、山小屋の豚汁が沁みました美味しかった。

 

はい、先日弾丸で富士登山行ってきました。

本当は山小屋を予約してゆるりとご来光を見る旅を考えていたんですが、

山小屋が予約いっぱい→テント張ればいいんじゃん?→どうやら5合目までしか張れないらしい?→夜通し登ればよくね?→とりあえず富士山へ

馬鹿だなァ〜〜、かさの馬鹿だなァ〜〜。

さんとーと二人で登ったけれどあいつもあいつで富士山ナメすぎ。

何で前日に徹夜してそのままボルダリングして富士山くるんだよ。

握力が無いと言いながら袋あけれてなかったのを見逃さなかったからな。

僕も僕で徹夜からの女の子の家に二連泊しててですね…

楽しかった(素直か)

 

割と命がけでネタ作ってるわけなんですが、本当は弾丸登山は危ないんですよ。

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危ないんだよ!!

でも今回の僕みたいにどうしても登りたい…!っていう人も少なからずいるわけで。

そこで実際に登ってみて気付いた富士登山の要点をサラッとまとめます。

言っとくけど弾丸登山を推奨してるわけじゃないから「こいつ危険思想の持ち主だぞ!!」とか騒ぐのやめろよ馬鹿。

 

今回の流れ

今回は家出る20分前に池袋のサンシャインでリュック買って(リュックなんて持ってなかった)、新宿のドンキで雨具とヘッドライトとヘッドライトに入れる電池買って(単4なのに単3買っててコンビニで買い直したのは別のお話)、電車がなかったので急遽特急のチケット買って向かいました。

これだけです。

割といけるんだなこれが…

あと水とポカリを500で一本ずつ、ウイダーを2つとタートルネックとネックウォーマー持って行きました。

お金は多めに持ってこうね、山小屋は値段が高いです(ペットボトル400円とかバブってる)

 

あと今回はノープランだったけど、それでもなんとかなります。

というのも富士山は登山客が多い。

ツアーで来てる人たちもいるしご来光目当てに夜登ってる人もたくさんいるから安心。

ぶっちゃけツアーの人たちに着いていけば何も心配いらない(ペース遅いから時間かかるけどね)

崖に向かってダイブでもしない限り普通に登る分にはマジで事故なんて起きない。

起きるほうが珍しいんじゃ…

でもいきなり登ると高山病とかになるのは間違いないし、準備不足だと色々不便なこともあるからそこは自己責任で(頭痛くなって高山病かと思ったけど普通に寝てないだけだった)

 

富士山を夜通し登ってみて

寒い以外の感想がない。

マジで寒かった凍え死ぬかと思った。

これがなかったら今回の登山は余裕とかドヤ顔で言える。

八合目あたりから風が強くてそれが体温をガンガン奪っていきます。

一応タートルネックとかウインドブレーカーとかネックウォーマーとか着ましたが効果無しでした、冬着を持って行ったほうが賢明です。

でも寒いおかげで豚汁が異常に美味しすぎて泣いた、沁みた、本当にごちそうさまでした。

なんか九合目あたりからうるさいウェイ系の大学生が合流してきて、さんとーとこいつらどうやって突き落とそうか話し合っていた以外は割と平和に登れたかな。

登山客は君たちだけじゃないからね、周りへの配慮を心がけような。

 

それではご来光の写真をどうぞ。

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……ん?

絶対幸せになるんだぞ、という気持ち、大事です。

山頂で食べた牛丼はこれまた別格で美味しかった。

なんでああいうところで食べるものってあんなに美味しく感じるんだろうね。

1000円かかったことはナイショ。

 

下山は精神を無にして下ります。

あとどれくらいかなァ〜〜とか無しです、目の前の坂にのみ神経を集中させます。

途中、七合目で休憩してる時に爆睡かましたのはいい想ひ出。

あれがなかったら3時間で降りてこれたわ。

ちなみに5:10分に山頂を出て8:30のバスに乗れました。

あそこで寝たかさの本当に許すまじ。

 

なんか色々あったけどちゃんと準備していくことに越したことないよマジで。

寒かった以外の感想がないもん、あとちゃんと寝ような。

でもそれでもちゃんと行って帰ってこれるし、興味ある人は自己責任で行けばいいんじゃないですかね。

 

 

今日は海の日のようで。

何を浮かれてるんだ働けバカ。

かさのは変わらず製図室にこもってますよ頑張ります。

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インデペンデンス・デイ:リサージェンスとかさの

インデペンデンスデイ、結構好きな映画だったりする。

ストーリー自体は地球侵略を狙う宇宙人(核攻撃も効かない上にテクノロジーも人類より上というありきたりな仕様)相手に人間たちが戦いを挑むという何の捻りもない清々しい映画。

別にキャストが好きってわけでもないんだよなァ…

ウィルスミス、確かに有名な俳優さんですけど彼が出てる映画でこれといって好きなのないし、ジェフゴールドブラムも渋さがいいって印象以外に特に感想ないし。

…なんで新作見に行ったんだろ。

うーーん、特に人同士の絆が繊細に描写されてるわけでもないけどなんか好きなんだよな…

 

新作、普通に面白かったですよええ。


映画「インデペンデンス・デイ:リサージェンス」予告G(特別予告編)

 

前作から20年後の地球を舞台に描かれています。

ウィルスミス、事故死ってことで登場しなかったね…

ジェフゴールドブラムとビルプルマンは続投してましたけど…

やっぱいいなァ、懐かしい。

 

彼らの子供たちも登場していて、ああ、こういう話の進め方ねって、見る前から色々と勘づくものがあった。

でも別に親子愛とか特に感じなかったな。

キャストが変わって、前作の続きっていう風な印象しかなかった。

別に親子愛について書きたかったわけじゃないかもしれないからいいんだけどさ。

 

相も変わらずまたまた宇宙人が攻めてきて、今度は以前よりはるかに規模のデカい大群でやってきたっていうこれまた在り来たりな脚本でした。

映画「エイリアン」のクイーンエイリアン的なやつが登場して、そいつがまぁデカいのなんのっていう印象ですねエイリアン陣営に関しては。

人類側も特筆すべきことはないんだけど、見た後になんか少し満足感が残って。

 

色々と理由を考えていたんですが、今回見てようやくわかった。

ビルプルマン演じる大統領かっこよすぎな。

 

前作は各国の主要都市がほぼほぼ壊滅状態になって、絶望的な状態になるんですが、そんな中でジェフゴールドブラムが反撃の糸口を見つけ出します。

そして人類の士気を上げるために大統領が演説するんですね。

これがたまらなくかっこいい。

 

今作も同じようなシーンがあって。

ジェフゴールドブラム「(圧倒的戦力を前に作戦がことごとく失敗して)20年やつらの襲撃に備えてきてこのザマだ」

ビルプルマン「この20年は無駄じゃない、この20年で初めて人類は争いなく手を取り合えた。守る価値がある」

いや〜〜こういうセリフをさらっと言えるところがかっこいいんだよビル!

前作を見た人がこれを見るとね、前作の名シーンが一気にフラッシュバックして興奮が止まらなかったよ!

ぶっちゃけこの映画は大統領の漢気だけでもってると言っても全然過言じゃなかったりする。

 

前作と比較しまくって申し訳なさあるんだけど、例えば本当はジェフゴールドブラムとビルプルマンは悪友?っていう設定があって、だから普段は仲悪いんだけどここぞというときにはお互いを100パー信頼できる関係で。

ウィルスミスは別に二人ともともと接点があったわけじゃないけど、気さくな人柄ですぐ誰にでも信頼されて、ジェフゴールドブラムと一緒に敵の宇宙船に乗り込むシーンなんかすごく良かった。

今回はそんな人と人との関係性っていうのがあんまり深く掘り下げられていなくて、あんまりキャラがはっきりしなかったから結局大統領に目がいっちゃうってことになったのかなァ…

でもそれを差し引いても大統領かっこよかったよ…

最後クイーンエイリアンに自爆を仕掛けるシーンの「今日は独立記念日だからな、大きな花火を打ち上げよう(ニュアンスは合ってる)」もアアーーーッってなったし死んじゃうのか…って物悲しくもありました。

もうこれ大統領の映画だね!!!!

でもほんと久しぶりに満足感たっぷりで最後までエンドロール見れたし、なかなかいい映画だったんじゃないでしょうか。

そうそう、エンドロールであのBGMが聞けたときは鳥肌立ちましたね、ほんとに。


Independence Day [OST] #14 - End Titles

 

本当に大統領かっこいいこういう思いやりと勇気のある男性になりたい以外の感情がない。

次見る映画は8月の「君の名は。」になるかな〜〜

学校に泊まりすぎて体が文字どおりバキバキになっていますが今週末は富士登山です。

樹海に飛び込まないように気をしっかり持って行ってきます。

震えるほど情熱を感じた

ぼくの友人にみずまりという人が(ry

はい、以前黒歴史として語り継がれるであろうクソエントリを書きました。

今までぼくが作ったコンテンツの中でも本当にクソです。

ヤバいって。

将来孫ができて今日の日の話をすることになってもこの記事だけはカットだ、いいな?

 

ですがこの前記事とは別にみずまりに紹介した映画がですね、どうも彼女に刺さったようで。

フォレストガンプって映画なんですが、とても良かったらしいです。

それで彼女の好みの映画というか、ツボが大体分かってきたのもありまして、少しは映画について記事書かなきゃなァって思ったんだよ。

一応このブログ映画のカテゴリあるけどそのカテゴリにぶっこまれてるの水まりのエントリしかないから危機感が募っています。

最近見た映画のレビューと今後見る予定の映画をメモ代わりに書いていきます。

 

マネーモンスター


映画『マネー・モンスター』日本版予告編

司会者リー・ゲイツジョージ・クルーニー)の軽快なトークと財テク情報で高視聴率を稼いでいるTV番組「マネーモンスター」。番組ディレクターであるパティ(ジュリア・ロバーツ)はセットの陰に潜む不審者に気がつく。突然鳴り響く銃声。犯人(ジャック・オコンネル)が銃を手にリーを人質にとり、番組がジャックされた。

株の情報操作が意図的に行われ、全財産を失くしたとTVを通じて視聴者に訴える犯人。その原因は、数日前のO.Aでリーが発した情報だった。犯人の主張の中で、リーは自分自身も誤情報を無自覚にタレ流していたことに気づく。一体何が起きているのか―。

ウォール街の闇に封じ込まれた情報操作を暴くため、リーは人質から"共犯"へと立場を逆転させる。一方で警察の銃口は彼らに狙いを定めていた。事件の中継を通じて、徐々に見えてくる”真実”。その核心が暴かれようとしたとき、彼らと全米の視聴者が直面する、知ってはならない「結末」とは―。 

オフィシャルサイトより

 

ジョージクルーニーがコミカルなバラエティの司会者を演じてるこの映画。

ジュリアロバーツは歳取っても顔が変わらないなァ…

ジョージクルーニーはオーシャンズシリーズの時の渋さがマジでかっこいいと思ってるしバーンアフターリーディングとかちょっとあんまりオススメできない…

13のラスト30分はほんとみんな見ような。

この映画は謎解き要素が多くて経済とかに疎い人だとバンバン専門用語とか仕組みとか出てくるから「アッ…アッ…」ってなってるうちに「はい結末はこれですプギャァァァァァァww」ってなりそうですね。

全体的にシリアスになってしまいがちなストーリーなんですがそこはジョディーフォスター、ユーモアを入れるタイミングがバッチリでそこで一息つくことができるので作品の重さにやられることはない、かな?

伊達に羊たちの沈黙アカデミー賞取ってないネ。

話変わるけど羊たちの沈黙はもちろん彼女のタクシードライバーっていう映画もオススメなので暇な人は見てくださいね。

すごく痛々しくて切ないお話です。

結末自体は正直腑に落ちないとこあったし見終わったあとに満足感が残るかといったらそうじゃないから、なんだろ、見たあとにすっきりしない映画が好きな人とかはいいんじゃないっすかね、ハリソンフォードの正義のゆくえとか(これしかパッと浮かばなかった)

 

TOO YOUNG TO DIE


『TOO YOUNG TO DIE!若くして死ぬ』予告編

 良くも悪くもクドカンワールドって感じの映画です。

だからクドカンさんの映画嫌いな人は本当に時間と金の無駄だから行かないほうがいいよ。

ぼくはクドカンワールド好きな方だけど2時間程度の映画に収めるにはものすごく駆け足な感じがしてテンポが速かったね…

ただ一番感動したのは挿入歌とか曲のクオリティ?というか系統がぼく好みのサウンドで。

一人で興奮しながらビート刻みながら見てました(キモい of the year)

あとねシシドカフカさん出てるんですよ、彼女のドラム改めて見ると性別抜きにしてここまで叩ける人はすごいな以外の感情がないです。

森川葵ちゃんが可愛すぎたり神木くんと長瀬さんのコミカルなやり取りがほんとはっちゃけてて面白かったり推せるところは多々あるんですがサウンド好きだなぁ。

ただ神木くんはもうちょっとはっちゃけても良かったんじゃ…

スミノフ決めてから撮影するといいよ!!

 

ズートピア


『ズートピア』予告編

何が悲しくてディズニー映画をさんとーと見なきゃならんのだ。

基本ディズニー映画好きなんですけどね。

ジョンラセターが関わってる作品はハズレがないと思ってたんですけどね。

こうなるわけですよ。

言うてあいつもそんな純粋じゃないから純真さ以外の点で評価が分かれているに違いない。

多分これね。

ほんと最っ初から最後までウサギが仲間はずれにされるんですよ。

動物たちが動物たちの楽園「ズートピア」で楽しく過ごしてるんだけど肉食動物も常に警戒されていて。

主張があるのは映画として非常にいいことなんですが、それが露骨に見えてるしなんだろう…

しつこさを感じたというか鬱陶しかったというか。

演出の問題といえばそうなんだけどあれ子供見るの?っていうのが純粋な疑問だった。

なんかLGBTとかの隠喩になってるらしいじゃん?

もう少し細かに表現できなかったかな…

 

今後見るかもしれないやつ

怒り、グランドイリュージョン、we are your friends、好きにならずにいられない、君の名は。

ここら辺をチェックしてますね、はい。 

特に怒りと好きにならずにいられないは本当に面白そうだから高確率で見に行くかな。

他にも色々予告編を漁らないとと思いつつもひたすら学校と事務所を行き来するだけの生活が続いているから夏まで無理かな…

とか思ったけど夏も夏で忙しいわ無理だわ詰んだ。

 

とにかく7月は自分のやるべきことに注力しながら花火大会とか富士登山とか所々楽しみを挟んでいくことで精神を保とうな。

8月はかさのの誕生日だよ!!スキャのライブもあるよ!!

プレゼント待ってますね、待ってます。