でもそれには少し、心がない

やっぱり持つべきものは友だなァとしみじみ。

その点今の自分は人にだけは恵まれてる、のかな?

 

生きてるとそれなりに気の合わない人もいて、それは至極当然のことですけど、それ以上に嫌な人もいて。

嫌な人に対する感情をなるべく態度に出さないように出さないように、自分で全部押さえ込むように押さえ込むようにしてもそれってやっぱり限界があって。

今回はそんな少し苦手な人の話。

 

 

人の気持ちなんて分かるわけなくって。

「君の気持ちはわかるよ」、「わかるわかる。大変だよね」って、何をぬかしてやがるんだお前ら。

黙ってればいい気になりやがって、適当に相槌打っとけばコロッと信頼するとでも思ってんのか殴るぞ。

分かるわけない、それは分かってる、でも分かろうとすることって大事で。

人の、ましてや赤の他人のことなんて自分一人で理解するには、まるで、果てしない距離をただ歩くかのように途方もないことで。

先が見えない上に本当に終わるかも分からない、そこにたどり着く前に死ぬかもしれない。

それでも人に寄り添おうとする姿勢って大事なんじゃないかな。

 

ぼく自身ものすごく自分本位なところがあるし、気持ちに余裕がないときは人の立場に立てないことがたくさんあって。

その度に無機質な自分を責めて、自分に血が通ってないような錯覚に陥ることがあります。

それでもぼくにはきちんと叱ってくれる先輩がいて、話を聞いてくれる友人がいて、なんとかまともな道の上に立つことができています。

 

 

無機質な人が本当に嫌いで。

誰がなんと言おうが、年上だろうが目上だろうが反吐が出るほど嫌いです。

 

正しくないといけない

これは尊敬する先輩から言われた言葉なんですが。

その先輩はさらに先輩から言われ、その大先輩はさらに上の先輩から言われ…

こうして回り回ってぼくの元に届いた言葉です。

本当にすごい人って正しくないといけない。

本当にその業界を代表したり、その道のプロであるためには正しさが必要ってことです。

正しさとはなんぞや?みたいな意見も聞こえてきそうですが、正しさっていうのはルールでありマナーであり法であり思いやりであり他者に対する尊敬なんじゃないですかね(適当)

 

 

更新頻度が高くなるとそれに比例して内容も薄くなるからクズだなァって反省してます。

ぼくの場合はコンスタントに物事を進めるより、気合い入れて一つドンって出す方がいいものになりやすいので、これからは少しおとなしく更新していこうかな…

 

ものすごく理想論を語ってるのも自覚してるますが。

理想語れなくなったら死んだも同じでしょうよ、語ってこう。